びぶりお・まにあの詩


by inugami_kyousuke

洋画の邦題のナゾ…

●日本には、洋画のタイトルを付ける時、複数形を単数形に直すというミョ~なしきたりがあるらしい。
最近は、海外との情報交換も飛躍的に早く、多くなり、『ロード・オブ・ザ・リング』の時は、留学生の間で「誤植じゃないか?」とか「何か意図があって、わざと単数形に変えたのか?」とか、話題になった、というよーな話も耳にした。特にイミもなく、勝手に複数の指輪が単数になっているのだから、「えっ?何で!?」と思う方がフツーである。
『チャーリーズ・エンジェル』もそうだ。エンジェルが3人いるコトは誰だって知っている。ソレが、何故か1人になっちまっているのである。異常だと思うよな~、フツー。
でも、一方、『ジョーズ』は複数のままなのである。そんなに単数形が好きなら、コレも『ジョー』でイイんじゃねーか?
●こうした前時代的な慣習が、今なお、しぶとく生き残っているのは、映画業界の閉鎖性の象徴以外の何者でもない。が、他方、日本語の特異性こそが、こうしたフシギな現象を生み出したのも、まぎれもない事実であろう。
「曖昧の文化」と言われる日本では、ごく日常的に、文章の主語や所有格を省略する傾向がある。「言外の意を汲むべし」という思想である。即ち、意を汲めない者は「よそ者」というコトなのだろう。
●かつて、伊丹十三がサローヤンの『パパ・ユーアクレイジー』を訳した時に「それはおかしい。全て訳さねば、その作品の背後にあるその国の考え方や文化を正しく理解した事にならない」と言って、全ての主語・所有格をそのまま訳す、という荒業をやって見せた。…かくして、どんなに一生懸命に読んでも、内容がアタマに入って来ない、世にもキテレツなトンデモ本(天下の奇書?)が誕生した。文学的価値はともかく、この実験的作品は、それ自体が「異文化の壁という物は、そうカンタンに越えられるモノではない」という非常に良い教訓となった…(ちなみに、『パパ・ユーアクレイジー』と対を成す『ママ・アイ ラブ ユー』は、岸田今日子訳だったが、こちらは岡本綺堂を思わせるような非常に自由奔放な翻訳で、伊丹十三とは正反対のアプローチを試みており、大成功だったように思う。はっきり言って、この訳のお陰で、原作よりも遥かに魅力的な作品に生まれ変わってしまっていたのではないだろうか?)
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by inugami_kyousuke | 2005-05-14 19:07 | ゴシップ/新作情報