びぶりお・まにあの詩


by inugami_kyousuke

ランボー詩集

堀口大學訳。
オマケに、表紙のイラストは、建石修志とゆー豪華さだ。
詩人としては、小林秀雄と堀口大學じゃ、雲泥の差のハズなので…
読み比べてみよ~と思った。
堀口大學vs小林秀雄。
ドリームマッチだな~。
異種格闘技戦みてーだけど。
が!
どーも、少なくとも、ランボーの詩に関しては、俺は小林訳の方がイイよーに感じた。

何が、どのよーにイイのか?とゆーと…
この、アルチュール・ランボオとゆーオトコの、
がさつさとゆーか、粗暴さとゆーか、
よーするに、このオトコの感性が、小林秀雄の感性にヒジョ~に近いのだ。
一方の堀口大學の方は、詩的過ぎるとゆーか、キレイ過ぎるとゆーか、
良くも悪くも、コレは、いわば堀口大學ワールドなのであって、もっと飢えてギラギラしたランボオの世界には程遠いよーに思われる。
つまるところ…ランボオとゆーアウトサイダーを訳すに当たって、インサイダーである堀口大學は相応しくなかった、とゆーコトに尽きる。

小林秀雄訳の『地獄の季節』は、「地獄の季節」と「飾画」の2編から成っている。
また、堀口大學訳の『ランボー詩集』は、代表作をほぼ網羅しており、この2冊は、かなりの部分、重複している。
が、最初、読んだ時には、なかなかそれに気付かなかった。
あまりにも、両者の訳が違うからだ。
ハッキリ言って、全く別の作品にさえ見えるくらいだ。
そもそも、タイトルからして、すでに違うのだ。

・小林訳 『地獄の季節』 → 堀口訳 『地獄の一季』

・小林訳 『飾画』 → 堀口訳 『イリュミナシヨン』
(※ちなみに、この「イリュミナシヨン」は、たしかに「飾画」とゆー意味もあるよーだが、「霊感」とか、「啓示」とゆーよーな意味なんじゃねーだろ~か?)

特に、『イリュミナシヨン』中の一編…
・小林訳 「大洪水後」 → 堀口訳 「大洪水の直後」
の中の一節が、

・小林訳 「ああ、人目を避けた数々の宝石、―――はや、眼ある様々の花。(中略)やがて菫色の大樹林に芽は萌えて、ユーカリの樹が、俺に春だと告げた。」

が、

・堀口訳 「やあ!身を隠そうとあせる宝石たち、―――早速もう、じっとものを見ている花たち。(中略)やがて、芽ぶき時のすみれ色の森の中で、水精(ニンフ)ユーカリスが、春ですよと僕に告げた。」

となっており…
小林訳の、反骨的かつ悪魔的な文章に対して、
何か、堀口訳の方は、ミョ~にファンタジックでカワイイのだ。
妖精が、春ですよと僕に告げちゃうのだ。
さらに!

・小林訳 「胡散な奴らが、家を建てた。「冷やし珈琲」常連が、珈琲店で、煙草をふかした」

とゆー部分に至っては、

・堀口訳 「ビーバーは巣造りに忙しかった。居酒屋では熱いブランデー入り珈琲が湯気を立てた。」

となってるじゃねーか!
この2つ…
あまりと言えば、あまりにも違わね~か?
ハッキリ言って、意味わかんねーんですけど~!?
とても、同じ文章を訳したモノとは思えねぇ~。
おそらく…どっちかが間違ってるか?もしくは、両方とも間違っているのだろう。

ちなみに、このランボオとゆー詩人は、16歳の時に詩作を始め、19歳で突然、筆を折ってしまう。
『地獄の季節』を出版するも、全て焼き払ってしまった。
その後、37歳まで生きたが、2度と筆を執るコトはなかったそーだ。

いや~、堀口大學vs小林秀雄。
堪能したぜぇ~。
まるで『AVP』っつーか…
「両者リングアウト」みてーな試合だったけど!
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by inugami_kyousuke | 2008-05-01 22:45 | 文学