びぶりお・まにあの詩


by inugami_kyousuke

死霊Ⅱ

『死霊Ⅱ』第4章~6章を読んだ。

つ、疲れた…!
俺が第1章で抱いていたこの作品に対する印象と、かなりズレが生じて来た。
てか、最早、全く別物だ。
政治運動の話が出て来た時には、本当にビックリした。
永久運動による時計に始まり、《愁いの王》=「非在の王」のエピソード、暗黒速、念速…
といった「この世ならざるものども」と、「政治」とゆー生々しい現実とが、この作品(埴谷雄高のアタマの中)では、「対等な存在」として、ヘーキで混在しているのだ。

埴谷雄高とゆー人は、カントの『純粋理性批判』とドストエフスキーの『悪霊』に絶大な影響を受けた人で、
幼少期を台湾で過ごし、1932年に思想犯として投獄され、獄中でこの『死霊』の構想を得たそーだ。
この作品は、1946~49年に1~4章が発表され、
更に26年後の1975年に5章が発表されて、以来1~5章の1巻本が定本とされていた。
その後、1981年に6章、
1984年に7章、
1986年に8章、
1995年に9章を発表し、絶筆となった。
実に、50年近くにわたって1つの作品を書き続けたコトになる。
半世紀にわたる独り言。
見果てぬ夢。

さすがにここまで読むと、この作品は、壮大な独り言のよーな作品なのだ、とゆーコトがハッキリ見えて来る。
思弁小説…とでも言えば良いのだろうか?
三輪高志、三輪与志、首猛夫、矢場徹吾の4人を中心として、この作品の登場人物は、みな独自の理論を担っている。
彼等によって延々と繰り広げられる議論こそが、すなわちこの作品なのだ。
よく、アニメやコメディで、登場人物の両耳の横に、ちっちゃな天使と悪魔が現われて、それぞれに勝手なコトをささやいて、登場人物をそそのかす…とゆー描写があるが、よーするに、アレの思想版だ。
登場人物全員が…否、この『死霊』とゆー作品自体が、「=(イクオール)埴谷雄高そのもの」なのだ。

ちなみに、「頬を横に顰めた」とゆー表現があるが…
しかめる?
ひそめる?
どっちでもいいが、果たして、そんな表現があるのだろーか?
俺は知らねーけど。
フツー、「顰める」のは、眉ってコトになってるハズだが…
そもそも、「頬を横に顰める」って、一体、どーやるんだろ?
あっは!
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by inugami_kyousuke | 2008-08-09 10:00 | 文学