びぶりお・まにあの詩


by inugami_kyousuke

アバラット2

「アバラット五重奏」の2作目。
1巻より、多少、分厚くなってる。
今回は、手に持って読むのが、ちょっとツラいくらい重いかも。

ストーリーはともかく、もーイラストの方は、かなり限界っぽい。
ハッキリ言って、ヘタクソだし、使い回しも多くなって来た。
それに、何よりイタいのは…
イメージが、ど~しよーもなく貧困なのだ。
文章を読んで得たイメージの劣化版みてーなのを、延々と見せられてもなぁ~。
こーゆうのは、読者のイメージを遥かに凌駕するよーなイラストじゃなきゃ、全く意味がねーのだ。
読者に負けてどーする!?って話だよ。
悪役のクリストファー・キャリオンが、『ヘルレイザー』の魔導士に激似なのは、さすがにマズいだろ~?
それに、「アバラットの鳥瞰図」のあまりの幼稚さにはガッカリだった!
まるで、子供の描いた絵じゃねぇーかよ!?

ストーリーの方も、スゲ~面白いとは言い難いし。
1巻を「起」としたら、2巻は「承」にあたる。
少しずつ、アバラットの謎が明かされてゆく展開だが…
要は、ダラダラ続けてるだけだ。
ついでに言うと…
早くもこの巻で、1巻で提起された物語は、ほぼ完結してしまう。
コレで「『アバラット』完」でも、全然、おかしくねーくらいだ。
まだ、5部作の2作目なんスけど~?
次作からは、また新たに物語を始めなきゃならねーじゃん!
果たして、そんなコト出来んのか~!?

この作品は、異世界=アバラットの設定を「海に点在する群島」とし、
さらに「1時の島」「2時の島」…とゆー具合に、24の島があり、それぞれの島の時間は固定されていて、
例えば、「1時の島」では、永遠に1時だし、
「2時の島」では、永遠に2時なのだ。
そして、謎の「25時の島」がある。
…とゆー着想は面白かったと思う。
でも、展開がイマイチだ。
あと、キャラクターも、すごく魅力的とは言い難いし、
何より、主人公の印象が薄過ぎだ。
ストーリー展開も、もっと自由で良いと思う。

基本的に、バーカーとゆー作家は、着想だけの人だ。
奇異なテーマを設定し、それを敷衍するところまでは得意だが、肝心の結論を描けない。
「その先」がないのだ。

「ホラーの貴公子」と呼ばれていた頃のバーカーの作品は、ほぼ全て、「両極端は一致する」とゆー命題を追求するモノだった。
「発想の逆転」とゆーか、「価値観の逆転」と言っても良い。
「死」=「生」
「美」=「醜」
「苦痛」=「快楽」…
バーカーがしばしばモチーフとして用いる「極小=極大」とゆー概念もまた、そのバリエーションの1つに過ぎない。
『ヘルレイザー』の「ル・マルシャンの箱」然り、
『ウィーヴワールド』の絨毯然り、
『血の本』の短編「非人間の条件」の紐の結び目然り…。
「小さな物の中に大きな物が入っている」とゆー概念は、非常に興味深い。
特に、「ル・マルシャンの箱」は、ルービック・キューブとゆーよりも、箱根細工みたいなパズルボックスとなっており、秀逸なアイデアだった。
それらの要素もまた、クライヴ・バーカーの作品の大きな魅力の1つだったのだが、
ザンネンながら、『アバラット』には登場しない。
バーカーが、敢えて主戦場であるホラーを捨て、場違いなファンタジーの世界で、一体、何がしたいのか?
少なくとも、この作品からは、未だ何も見えて来ない。
果たして、あと3作読めば、見えて来るんだろ~か?
大いに疑問だ。

現在、バーカーは、ゲイのパートナーである写真家と、娘と共にカリフォルニアで暮らしているらしい。
俺は、彼の私生活に興味はないが、どーも、『アバラット』とゆー作品は、この娘のための作品と思えて仕方がないのだ。
M・ナイト・シャマラン監督が、『レディ・イン・ザ・ウォーター』でやらかしたよーなコトを、バーカーは、もっと壮大にやっちゃてるんじゃねーか?と思えてならね~。
バーカーは、どこまで行ってもバーカーだ。
所詮、ティム・バートンには、なれねーんだって。
個人的には、一刻も早く終わらせて、次に行って欲しいと思う。
d0012442_10115382.jpg
アバラット 2

[PR]
by inugami_kyousuke | 2008-10-12 10:15 | 文学