びぶりお・まにあの詩


by inugami_kyousuke

敬虔な幼子-ヘンリー・クランプ-

エドワード・ゴーリーの絵本『敬虔な幼子-ヘンリー・クランプ-』を読んだ。

コレは…
一見、何の変哲もない「夭逝した無垢なキリスト教信者」を描いた絵本にも見えるが…
よく読むと、実は、そーではない。
コレは、実は、「夭逝した狂信者の記録」なのだ。

貧しい不信心者が邪神にひれ伏さぬよう小銭を恵んでやろうと、坊やは日々お菓子も食べずに過ごしました。
わずか、この一文だけでも、ぞっとするほどの偏見や差別がひそんでいる。
・貧しい者への蔑視、
・「不信心者」とゆーレッテル、
・異教の神を全て、「邪神」と断定する狂信、
・「小銭を恵んでやろう」などという慢心、
・「お菓子も食べずに過ごしました」などという、幼児的な自己犠牲…

坊やが階上(うえ)で一人跪いて祈る姿が、よく見受けられたものでした。
っつーのはよ~、
ただ単に祈ってるワケじゃなく、
「罪を犯したから祈ってる」んじゃねーか?とも受け取れる。
ソレが、「よく見受けられた」ってコトは、
つまり、「しょっちゅう罪を犯してた」ってコトになる。

さらに、遊んでる子供たちに、
「何と浅ましい、聖書も読まず安息日を無為に過ごすとは!」と窘(たしな)めました。
とか、
書物に目を通しては、神の名が軽々しく触れられているたびに、念入りに塗り潰したものでした。
とか…
特に、後者はマトモじゃねーし。

臨終の床では、
「神様は僕を愛してくださり、僕の罪をすべて許してくださいました。僕は幸せです!」
と言い残して世を去るワケだが…
「僕の罪」って、一体、どんだけひでェ~コトをして来たんだか!?
「本人に罪の意識のない罪人」…
すなわち、「善意の犯罪者」ほど恐ろしいモノはない。
何をやらかしたって、勝手に許されちまうんだから、そりゃー無敵だろうよ。
「良心の呵責」なんてモノとは無縁だし、
何たって、常に神様がついてるわけだから!
「ひとり十字軍」みてーなモンだ。

………コワいよねぇ~?
ってだけの話じゃなくて、本当にコワいのは…
実は、こーゆう人物は、世の中にまぎれて、結構いるのだ。
ゴーリーがホントに言いたかったのは、そーゆうコトだったんじゃねーかな~?
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by inugami_kyousuke | 2009-05-08 00:35 | 文学