びぶりお・まにあの詩


by inugami_kyousuke

カテゴリ:天国行き(90点以上)( 29 )

【98点】

山田貴敏原作、富良野塾出身の吉田紀子脚本、吉岡秀隆主演のTVドラマ。
…キャストもスタッフも、みな素晴らしい。
ただの1話も中だるみなく、おそろしく完成度の高い作品だ。
マジで、もしもTVドラマがこんなレベルのモノばかりだったら…
映画なんか必要なくなってしまうかも知れない。
基本的には、いわゆる『赤髭』の話。
「良いブラック・ジャック」みたいな…。
『三丁目の夕日』でも思ったけど、吉岡秀隆とゆー人は、ホントに子供とカラむのが旨いなぁ~。
天才外科医でありながら、いい人なのだが、素顔はヘタレなダメ人間でもある…
とゆーギャップもいい。
「抜き身の女」みたいな柴咲コウのキャラクターとの相性もバッチリだ。
生命を救われ、コトーに憧れる少年=剛洋。
最初はコトーを全く信用していなかった少年の父=原剛利(時任三郎)が、徐々にコトーの医師としての腕と人格を認めるようになってゆくが、ベッタリの関係ではなく、常に一定の距離を保って、コトーの良い所も悪い所もちゃんと見た上で、静かに見守っているのも、いいカンジだ。
茉莉子(大塚寧々)といい、重雄(泉谷しげる)といい、内つる子(千石規子)といい、登場人物が、みなリアルで、キャラクターの人間関係が絶妙だ。
個人的には、船木誠勝がガンバているのがウレシかった。
「いわゆる無医村に赴任した1人の天才外科医が、設備すら無い劣悪な環境で、次々と困難な手術を成功させ、人々の信頼を得て、受け入れられてゆく」とゆー成功譚であると同時に、
「医師としての腕は天才だが…つまり、技術的には最高のモノを持ちながら、今まで、人として患者と向き合ったコトのなかったコトーが、「10人の患者がいたら、10通りの治療法がある」という「人を診る」=「真の医療」に目覚め、患者を治すと同時に、自らも人間として成長してゆく」…とゆー成長譚でもある。
コトーの腕も人格も認めながら、最後まで「医者という存在」を許せなかったが、最後の最後で、「俺にはあんたが必要だ!」と言い、「コトー先生!」と呼ぶシーンは、非常に感動的だ。
島民が、1人、また1人…とコトーを認め、「人」として、「医師」として、更に「仲間」として、受け入れてゆき…
最終的に全否定から全肯定へと一気にシフトする構造が、この作品の完成度を更に高いものにしている。
ちなみに、富良野塾には「たとえ100万人を感動させるコトが出来るとしても、たった1人を傷つけるような作品を書いてはいけない」とゆー教えがあるらしい。
素晴らしい教えだと思うけど…俺にはムリだろうなぁ~。
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by inugami_kyousuke | 2006-10-07 10:07 | 天国行き(90点以上)

ジェラシー(1979)

【90点】

ニコラス・ローグ監督、アート・ガーファンクル、テレサ・ラッセル主演作品。
あえてジャンル分けするならば、いわゆる「悪女もの」とゆーコトになるのだろーが…
「悪女もの」と呼ばれる作品の99パーセントは、TVの2時間サスペンスドラマのよーなシロモノだ。
が、この作品は違う。
名作だと思う。
グスタフ・クリムトの絵画が効果的に使われている。
テレサ・ラッセルが美しい魔性の女を演じている。
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by inugami_kyousuke | 2006-04-16 00:20 | 天国行き(90点以上)

ジョゼと虎と魚たち

【90点】

田辺聖子原作、犬童一心監督、渡辺あや脚本、池脇千鶴主演作品。
3回見た。
これは名作だ。
少なくとも、俺にとっては。
巷では、妻夫木聡の演技を褒める人の方が多いよーだが、どちらかと言うと、むしろ池脇の方を褒めるべき作品ではないかと思う。
1回目に見終わった時は…
正直、かなりムカついていた。
恒夫(妻夫木聡)の無責任さにハラが立っていたからだ。
妻にそう言うと、妻はポツリと「でも、結局、ジョゼは1人で外に出られるようになったんだねー…」と言った。
なるほど。
たしかに、そーだ。
ん、待てよ?ってコトは、ちょっと話が違って来るぞ…!
と思い、改めて自分の中で、作品を洗い直してみるコトにした。
すると、そーいえば、初見の際に「ひっかかり」になっていた無数の「小さなトゲのよーなモノ」が、実は大きな意味を持っているコトが、徐々にわかって来た。
結局、ずっとこの作品のコトがアタマから離れず、1週間ほどをこの作品の「咀嚼反芻」に費やしたコトになる。
作品の評価にしても、2転3転して現在の点数となった。
当初、考えていた点数は、1~2点と、非常に低いモノだった。
更に、考え直して…
それでも、「俺はラブストーリーも差別問題にもキョーミがない」とゆー理由で「評価放棄」の意味を込めて、「50点」という点数を考えた。
が、2回目を見て…「この作品を評価しないで、他の邦画を評価するべきではない」と思い直し、この評価を最終評価とした。
映画でこんな経験をしたのは、生まれて初めてだ。
小説を含めれば、かろうじてサルトルの『水いらず』を読んだ時に似たよーな経験をしたコトがあるが。
最初の15分…
恒夫がジョゼに出会うまで…のストーリーテリングが絶妙で素晴らしい。
その後は、健常者と身障者のラブストーリーになってゆくが、何気ない展開に見えるが、実は非常に秀逸な脚本だ。
この作品の意義は、フツーの映画ならば、身障者と健常者の恋愛は、アホアホで嘘くせぇ~「感動押し売り映画」になっちまうところを、あくまで「一個の人間と人間の恋愛」として描ききった点と、
更に、通常のラブストーリーは2人が結ばれてハッピーエンドになってしまうが、この作品は、あえてその先を描いて見せた点にある。
基本的には、俺は、あまりラブストーリーにも、差別問題にもキョーミがない。
池脇千鶴は個性的なジョゼを好演しているが、話題になったヌードシーンは不要だったよーな気がする。
恒夫というオトコは、物事をあまり深く考えたりしない、ごくフツーの青年だったように思う。
人は…
(1)考えてから行動するタイプ、
(2)行動しながら考えるタイプ、
(3)行動してから考えるタイプ、
に大別される。
ジョゼはもちろん(1)のタイプで、恒夫は(3)、とゆーよりも4つ目の「行動しても何も考えないタイプ」なのかも知れない。
この、全く正反対の2人の出会いは、ある意味、「運命の出会い」だったのかも知れない。
人は、自分にないものを求めるモノだから。
「怪我のせいでフットボール選手としての道が絶たれた時も、あまり悩まなかった。考えてもムダなコトは考えない。疲れるから」とゆー言葉に象徴されるように、
「そこに道があるから、そっちに歩いて行った」みたいな人生観の持ち主だったように思う。
そう。
軽薄だ。
食欲と性欲だけの、典型的ないわゆる「プレイボーイ」ってヤツである。
しかも、人に取り入る術にたけており、同性には、最も嫌われるタイプだ。
世間的に見れば、この2人の恋愛は、「健常者の恒夫が身障者のジョゼをオモチャにして、飽きたから捨てた」というコトになるのかも知れない。
おそらく、オバアが生きていたら、そう考えたのではないか。
実際、俺も最初はそう思った。
この作品は、身障者に対する一般人の偏見を、非常に鋭く、むごいまでにえぐり出して描いており、その一方で、主役の2人が「フツーの恋愛」をしているので、その落差がより一層、明確に見える構造になっている。
「リアル障害者、初めて見たわ~」とか、「ダイブするトコ、あたしも見たいわ~」などと、まるで珍しい動物でも見たかのような言い方をするヤツらもいれば、
「若いのに、ボランティアなんて感心やねぇ~」と言う人も、オバアのように「お前はコワレモノだ。人様の前に出られる人間じゃない」と言って、ひたすら世間からジョゼを隠し続けるコトで、ジョゼを守ろうとした人もいる。
恒夫の元カノの香苗(上野樹里)に至っては、福祉の勉強をして来たハズなのに、「身障者のクセに、あたしの彼氏を盗るなんて!」と言い、
更に「あなたはズルい。あなたの武器(障害)が羨ましい」とまで言ってしまう。
くしくも彼女のオンナの武器は「斜め45度、下から見上げるポーズ」だったが、「ホンモノにはかなわなかった」とゆーコトだったのだろう。
2人が対峙した時、香苗はずっとジョゼに見上げられていたのも皮肉な光景だった。
ジョゼは「ホントにそう思うなら、アンタも自分の脚を斬ったらええがな…!」と言い返していたが。
どんな偉大な人であっても、完全に差別や偏見からフリーに生きるコトは不可能だ。
それが「人の世で生きる」というコトだ。
それを完全になくしたいのなら…
群れから離れて、たった1人で生きてゆく以外にない。
「いや、俺は、そんなんじゃないですから…」と言いながら、おそらくは何も考えず、自分のやっているコトの自覚もない恒夫のみが、唯一、差別意識からフリーだったのである。
考えてからしか行動出来ない人には、とてもあんな風にジョゼとの距離を縮めるコトは出来なかっただろう。
これから2人の前に立ち塞がるであろう障害や問題が、あらかじめ全て予見されてしまうからだ。
だから、そーゆうタイプの人は、ジョゼとの関係の最初の1歩を、まず踏み出すコトはないと思うのだ。
ジョゼがなぜ、恒夫を愛したのか?
…ずっと俺には理解出来なかった。
ひょっとすると、「全く選択肢のない選択」…つまり、「一者択一」だったのではないか?とさえ思った。
が、何度もこの作品を見る内に、「そうではない」と確信するに至った。
おそらく、ジョゼは本当に恒夫を愛したのだ。
「あ、サガンだ…」
「知っとんのか!?」
とゆーシーンがつかみとなり、更に「ジョゼかぁ~、いい響きだねぇ…」と恒夫が言って、くみ子ではなく、ジョゼと呼び始めた瞬間に、ジョゼの「恋のスイッチ」が、パチリと入った音が聞こえたよーな気がした。
「アンタも、アンタのすることも…うち、好きや」という言葉にジョゼの思いは集約されているように思われる。
初めは、ノラ猫にエサをやるように、その「関係」は始まり、それは、少しずつジョゼの中で大きく育って行ったのだろう。
そして、最後は、「翼を怪我した小鳥」を掌から野生に戻すような気持ちで、ジョゼは恒夫を「解放してやった」のである。
もちろん、恒夫を縛りつけて、自分のモノにすることも出来ただろう。
だが、ソレでは恒夫が恒夫ではなくなってしまう。
ジョゼは、恒夫の「鳥のような自由さ」を愛したのだから。
「自分の欲望に忠実であるコト」は、純粋であり、無垢であると同時に「残酷」でもあり、容赦なく他人を傷つける。
だが、そんな無知や愚かさも、全てひっくるめて、ジョゼは恒夫という人間を愛したのだ。
コレが、あの「せんべつや…!」とゆー、ミョ~にあっさりと描かれた別れのシーンの意味である。
そして、恒夫は…?
果たして、恒夫にとって、ジョゼは「星の数ほど抱いた女たち」の1人に過ぎなかったのだろうか?
俺は、そうは思わない。
ジョゼに「してもええよ?」と言われ、「いや…俺は、隣りのエロオヤジとは違うから…」と言うと、更に「ドコが違うの?」と突っ込まれ、恒夫は絶句してしまう。
実のところ、「下心を持って女に近づき、己れの行為に代償を求める」という意味に於いて、両者の間には、何ら違いなどないのである。
多少、恒夫の方が「見てくれがいい」というだけの話だ。
結局、プレイボーイとエロオヤジの違いは、「ツラの皮1枚」の差でしかない…
ジョゼの「物事の本質を見抜く目」は、容赦なく恒夫を丸裸にしてしまった。
今まで、恒夫が「恋愛」だと思っていたモノは、実は全て、自分が「や~い、ヘンタ~イ!」とからかったあのオトコの行動と等価でしかない…という事実に直面させられる。
「エロオヤジと自分は違う」と自ら認識させられた瞬間から、恒夫の「アイデンティティー探し」の旅が始まったのである。
おそらく、恒夫は、最初は「ウマいモンが食える」という程度の意識しかなかったのだろう。
やがて、今まで彼が出会ったコトのない強烈な個性と知性を持ったジョゼに好奇心を覚え…
それは、いつしか、少しずつ彼の中で大きくなってゆき…
オバアにすげなく門前払いを食らったタコヤキの夜、独り降りしきる雨の中で佇んでいたり…
就職活動の会社見学を棒に振ってまで、ジョゼの様子を確かめに駆けつけたり…
常に「等価交換」を原則として来た恒夫の恋愛観、人生観をくつがえすような行動を我知らず取ってしまい、ついには学校のマドンナを捨ててまで、同棲を始め…
「親に合わせる」と決心するまでに至る。
恒夫のようなケーハクを絵に描いたよーなオトコが、そこまで思いつめるなんて、これはよくよくのコトだ。
よほどの覚悟が必要だったに違いない。
帰省するクルマの中で、恒夫の心は揺れていた。
そして、ジョゼは自らカーナビの電源を切り、「ウチは海が見とうなった。海へ行け!」と言って、そっと恒夫を「解放」したのである。
実は、2人の別れは、この時から始まっていたのである。
だからこそ、「おさかなの館」のひとときが、この上なく貴重なものとなったのだ。
そこでは、あたかも人生が凝縮されたかのような、濃密な時間が流れていた。
「目ェつぶって…。何が見える?」
「な~んにも見えない。真っ暗だ…」
「そこが、ウチが昔おった所や…」
真っ暗で、何もない世界…
何もないから、何も感じない…
その代わり、寂しさも、痛みも感じない世界…
この時、初めてジョゼは自らの内面を語って聞かせるが、お{81;らく、恒夫には、理解出来なかっただろうし、これから先も、一生理解出来ないままなのだろう。
青い光の中で、ちょっとブキミなリュウグウノツカイがジョゼを迎えにやって来る…
作品中では、あまり明確に言及されないが、おそらく、ジョゼのイメージの世界では、
・ジョゼは、陸に上がった人魚姫(だから、歩けない)
・ジョゼを暗い水の底から救い出せるのは、ジョゼが心から愛した人間だけ
・ジョゼはサカナを焼いて食べる
・ジョゼがオバアと出掛けた散歩は、猫と花を見るため
・恒夫は、ノラ猫のように、ジョゼにごはんをもらいにやって来る
・ジョゼは、猫は好きだが、大きな猫=虎は、この世で一番、こわい(猫は人魚姫を食べることは出来ないが、虎は違う。そして虎は、おそろしい「外の世界」の象徴でもある)
・全編を通して、アンバランスに修繕されたウサギのぬいぐるみが登場するが、これは、現実世界におけるジョゼの象徴だ
・ジョゼは、モノを捨てられない。が、恒夫のために、多くのモノを捨てる。本の山も、そして「壊れて直らない乳母車」も…。「壊れて直らない乳母車」を捨てるコトは、2人の未来の暗示でもある
ジョゼが果たして何歳の設定なのかわからないが、少女期特有の幻想に包まれた、やさしい世界観がたまらない。
『アメリ』や『下妻物語』、『赤毛のアン』に通じるものを感じた。
更には、フリードリヒ・フウケーの小説『ウンディーネ』やジャン・ジロドゥの戯曲『オンディーヌ』を想い出す。
ちなみに、フランソワーズ・サガンのジョゼ・シリーズは3部作だ。
一年ののち
すばらしい雲
失われた横顔
おそらく、ジョゼは、この後、自分の力で3作目を手に入れて読んだのだろう。
トカレフも自力で買えるよーになったのだろうが…
もうジョゼには必要のないモノとなった、と思いたい。
ラストの破局に嫌悪感を抱く人も少なからずいるようだが、大人の世界の言葉に「発展的解消」とか「戦略的撤退」とかゆーモノがあるが…そんなカンジの、決して悲劇的な終わり方ではない。
ジョゼとの生活は、恒夫が過去に経験して来たような軽いモノとは、全く違っていたと思うし、恒夫は彼なりに、全身全霊でジョゼを愛したのだと思う。
ただ、恒夫には、ジョゼを背負いきれなかった…というコトだったのだ。
失ったものの大きさは、失ってみなければわからない。
最後の恒夫の嗚咽は、そういう意味が込められていたのだと思う。
「逃げた」とか、「どっちがどっちを振った」とか…そんな単純な話ではなかったと思う。
ジョゼは、自分の人生を生き始めた。
そして、恒夫は、「本当に人を愛する」という経験をした。
2人はそれぞれに成長し、前へ向って進み始める…そーゆう話だと、俺は思った。
どんな恋愛も、ムダな恋愛など、この世にはないのかも知れない…そう思える作品だった。
「ロシア製ちゃうんか!?」には笑った。
俺も、女の子に「中国製の…」と言われたら、きっとオトコ2人と同じよーな反応をしていただろう。
上手いネタだったと思う。
荒川良々、サイコー!
ずっと、コメディアンかと思ってたんだけど。
オバア(新屋英子)、かっけぇ~!!
叙情的な音楽はくるり。
サンテグジュペリの『星の王子様』みたいなイメージイラストはD[dl:]という人らしい。
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by inugami_kyousuke | 2006-04-08 02:59 | 天国行き(90点以上)

マルサの女

【90点】

伊丹十三監督、宮本信子主演作品。
これは、文句無しに面白い!
同じ伊丹監督作品でも、『タンポポ』はわりと好きだったが、『お葬式』は、どーしても好きになれない…
てか、キライだったので、ずっと伊丹監督とはハダが合わないと思っていた。
サローヤンの『パパ ユーア クレイジー』の翻訳では、ハッキリ言って、ヒデェ~目に合ったし!
もう、感性そのものがどーしようもなく合わないのだ、と俺はこの時、強く確信したのだった。
だから、『マルサの女』は本当に衝撃だった。
前作までの「マイナー感」は影をひそめ、ちゃんとメジャーのエンターテイメントとして仕上がっている。
個人的には、黒澤明の次に「来た」日本人の監督であった。
隠そうとする者(脱税者)とそれを暴こうとする者(査察官)の駆け引きが小気味良く、実に爽快な娯楽作品になっている。
山崎努、津川雅彦、大地康雄、伊東四朗、大滝秀治…なんだか、ものスゴい数の登場人物が出て来るよーな気がするんだが、みんな、いい味を出している。
独特な本多俊之の音楽もサイコーだ。
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by inugami_kyousuke | 2006-04-05 22:16 | 天国行き(90点以上)
【100点】

●一気に見た!
ああ~…ついに終わっちまった~!
ラストは、予想外にあっけない幕切れだったけど、「後は想像に任せます」ってトコなんだろーか…?
10年という歳月は、決して短いものではないけれど、あのままずっと、永遠に続いて欲しかった!
って、じーちゃん・ばーちゃんになってもアレやってんのも、ヘンかも知れないが。
個人的には、ロスとレイチェルのすげー感動的な結婚式で終わると確信していたんだが…。
あの、陶器の犬のオブジェは、結局、チャンドラーたちが持ってっちまったし!
きっと、また、今度は庭の芝生にでも置かれるんだろーな~。
「ジョーイの部屋」から見えるよーに。
●ああ!「どっかで見た!」と思ってたら、チャンドラーとモニカの子を妊娠してるエリカって、『最終絶叫計画』のアンナ・ファリスだったんだ!?
最後に、みんなで鍵を出すシーンは、いい場面だったと思うけど、あの部屋を返しちゃうのは、ガッカリだった。
てっきり、ロスとレイチェルが引越して来るのかと思ってたのに…。
フィナーレとしては、ちょっと寂しい終わり方だと思う。
最後に、もう1パツ2ハツ、ギャグをかましてくれれば良かったのに…。
「あの部屋」に、「あの笑い声が響きわたって、ジャニスが入って来るとか!
●ちなみに、『フレンズ』のスピンオフ番組『ジョーイ』は、映画俳優を目指すジョーイが、ロサンゼルスで暮らす話らしいが…
視聴率に苦戦しながらも、なんとか打ち切りにならずに続いているよーだ。
レイチェル役のジェニファー・アニストンはブラッド・ピットと離婚したばかりで、この1年、悲しいニュースばかりだったし、
チャンドラー役のマシュー・ペリーは薬物依存と肥満に苦しんでいるし…
私生活でも、みな、幸せになってもらいたいと思う。
『フレンズ』は終わってしまったけど、彼等の姿は映画やTVで見るだろうし、俺はこれからも何度となく、この作品を繰り返し見ると思う。
今まで、こんなに何度も見た作品はなかったし、おそらく今後もないだろう。
この作品に出会えたコトは幸せだった。
この作品に関わる全ての人に、深く感謝したいと思う…。
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by inugami_kyousuke | 2005-11-19 09:19 | 天国行き(90点以上)

チャンス

【90点】

●ピーター・セラーズの遺作となった作品。
セラーズというと、『ピンクパンサー』の「クルーゾー警部」くらいしか浮かんで来ないかも知れないが、
『博士の異常な愛情』やこの作品のよーな名作も遺しており、俳優としても一流であったコトがわかる。
●この作品も、「コメディ」というジャンルに入るが、「おバカ映画」のようなモノではない。
現代では、半ば「死語」かも知れないが、「風刺」作品だ。
ある種、「サクセス・ストーリー」のよーにも見える展開だが、別に主人公はそんなモノは望んでいない。
いわゆる「奇妙な味」系の物語で、よくある「間違われた男」の1パターンである。
主人公は、周囲の人々の「勘違い」によって、どんどん成功してゆくワケだが、
結局、この世の中は「肩書き」だとか「レッテル」「先入観」といったモノに満ち満ちており、
「本当に自分のアタマを使って物事の価値をはかる人間なんてほとんど存在しない」という真実を、容赦なく暴き出してゆく。
世の中には「価値基準」という「物事の価値をはかるモノサシ」が存在し、誰ひとりそれを疑うコトはない。
いかに「バカげた法則」によって世界が成り立っているかを…シニカルな笑いと共に、我々に教えてくれる静かなる秀作である。
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by inugami_kyousuke | 2005-10-02 08:59 | 天国行き(90点以上)

ダウンタウン物語

【91点】

●アラン・パーカー監督、(いちおー、スコット・バイオ主演)ジョディ・フォスター出演作品。
この作品はスゲー!
アラン・パーカー、ジョディ・フォスターの全キャリア中、おそらくは最高傑作だろう。
「ギャングもの」のパロディで、ミュージカルで…しかも、キャストは全員お子ちゃまだ!!
ジョディ・フォスター演じるタルーラは、ギャングのボスの愛人で娼婦の役である。
他の子役たちと比べて、ジョディ・フォスターだけが「オーラ」のよーなモノを放っているのが良くわかる。
あえてキャストを全員子供とするコトで、大人たちがフツーに大真面目でやっているコトへの痛烈な風刺となっている。
時として、パロディでありながら、「元ネタ」を越えてしまう作品がある。
まさに、この作品がソレだ。
基本的に、歌の部分で「思考停止」するんで、俺はミュージカルはダメなんだが、コレと『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』だけは別格だ。
●一時期、ジョディ・フォスターとテイタム・オニールがことあるごとに比較された時代があった。
ライアン・オニールの娘として生まれ、『ペーパー・ムー ン』でアカデミー助演女優賞を史上最年少で受賞したテイタム・オニールは、輝かしい経歴を持ち、明るく、健康的で、まるで太陽のような存在だった。
一方、ジョディ・フォスターは、とても子供とは思えぬほどの神秘的な雰囲気を持ち、繊細で、常に、どこか哀しみのベールのようなものをまとっており…月のような存在だった。
そう…2人は、まるで、『ガラスの仮面』の北島マヤと姫川亜弓そのものだったのである…!
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by inugami_kyousuke | 2005-09-21 20:44 | 天国行き(90点以上)
【92点】

●デン、ドン!デン、ドン!デン、ドン!パパパパ~、パパ~…
で始まるゴールデンハーベストのマークを見ると、「うおおお~っ、香港映画~!!」とゆー気分になる。
実在した英雄=黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)を描いた作品。
いわゆる「カンフー映画」の最高峰。
コレ以上はない。
監督ツイ・ハーク、演出ユエン・ウーピン、主演リー・リンチェイ(そして、なぜか主題歌ジャッキー・チェン?ジャッキー・チュンと書いてある資料もたまにあるが、映画の字幕に「成龍」と出るので、あのジャッキー・チェンで間違いないのだろう。
声を聞いても、香港映画は俳優のナマ声は一切なく、全て声優さんの吹き替えだったため、昔は判別出来なかった。
因みに、ブルース・リーの声も、もちろん吹き替えだが、あの「怪鳥音」だけは吹き替えが出来ず、本人の声のままだった、という伝説がある)
…彼等全員のキャリア中の、おそらく最高傑作。
特にリー・リンチェイは近年、『HERO』という傑作を残し、おそらく、今後も高いクオリティの作品を作ってゆくのだろうが…
それでも、このシリーズを超える作品を作る事は不可能だと思う。
なぜなら、この役はリー・リンチェイの「ハマリ役」だからである。
1人の役者が、その役者人生に於いて、「ハマリ役」にめぐり逢う事すら稀なのに、2度3度と「ハマリ役」をゲット出来るとは思えねぇ~。
●このシリーズは、パート1は日本公開されず、パート2が「パート1」として公開された為、
3が「2」で、1が「3」となってしまっている上、サブタイトルの「天地××」が非常にまぎらわしく、どれがどれだか、分からなくなってしまう。
原題は『黄飛鴻』、『黄飛鴻之二』…となっているので、一目瞭然だ。
さて、今回は「邪教=白蓮教の巻」。
フェイフォンが、傘1本で邪教徒を蹴散らすシーンは圧巻だ!
この白蓮教の教祖が、けっこーヘナチョコで笑える。
対決も、ワケのわかんねー「地面に足がついた方が負け」対決だし…。
焼き打ちにあった学校から救い出した子供たちのカンフー姿が、なんとも可愛いらしい。
ラストの提督との果たし合いは、ド迫力!
…最後のオチは、黒澤明の『用心棒』のパクリっぽいけど、サイコーだ!!
●リー・リンチェイ演じる黄飛鴻は、まさに「武神」!神の領域の強さを、これでもかと見せつける。
「無影脚」なる必殺技もある。
(梶原一騎の作品にも、実在の必殺技として、「二段蹴り」や「三段蹴り」が出て来るが、「無影脚」は「十段蹴り」くらいだろうか?
なにしろ、蹴られてブッ飛んでゆく敵を、ウォン・フェイフォンも、物凄い距離を滑空しながら追いかけ、更に蹴り続けるのだから、相手は逃げるコトも出来ない、という恐ろしい技なのである!)
いや~、いーよね、「必殺技」!
やっぱ、ヒーローには「必殺技」がなくっちゃねぇ~!?
●なに~、ジェット・リー?誰だ、ソレ?
大体、「ジェット」なんて名前、あんのかよ?
「ターボ」くんとか、「カローラ」みてーなモンか?
ん~なヘンなんじゃなくて、リー・リンチェイだろ!?
『男はつらいよ』じゃねーけど、リー・リンチェイは、一生、ウォン・フェイフォンだけをやってればいいと思う。
●髪の毛のあるりんちぇなんて、りんちぇじゃねーよ~!
敵を倒した後、「フンッ!」と言って、弁髪のテールをクルクルッと首に巻きつけるりんちぇの凛々しいこと!この作品を見終わると、みんな、弁髪にしたくなるハズである。
そしてみな、りんちぇになるのだ!!!!
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by inugami_kyousuke | 2005-08-02 21:50 | 天国行き(90点以上)

ドラゴン太極拳

【90点】

●アレ?コレって…「太極拳」てタイトルになってるケド、たしか出てくるのは、「八極拳」じゃなかったっけ~?
ま、別に、いーけど…。
●面白ぇ~。
つーか、過去、俺が見た「カンフーもの」の中では、一番、面白かった。
最近の作品は、美しかったり、切なかったり…
ソレはソレで素晴らしい、とは思うけど、純粋に物語としては面白くねぇ~からなぁー…。
やっぱ、俺は「カンフーもの」は、こーゆうアタマをカラッポにして楽しめる作品が好きだなぁ~。
●でも、おそらく、スッゲ~古い。
香港が返還されて以来、こーゆうブッ飛んだ作品は見かけなくなった。
TVで見た。てか、劇場でもレンタルでも見たコトがねぇ~。随分、探したんだが…。
劇場未公開の可能性が高い。
●ラスボスの銀魔王が、めっちゃめちゃ強くて…
様々な工夫をしたり、修行を積んだりして倒そうとする話。
つまり、「カンフーもの」の定番…「復讐」テーマである。
彼等、復讐者の編み出す技の数々が…風太郎忍法帖…つーか、も~『巨人の星』の大リーグボールの世界。
現実には不可能だが、ストーリーの流れの中では、リアリティを感じてしまう…
よーするに、ホラ話なんだが、サイコーに面白く騙されてしまう類の、極めて純度の高いエンターテイメントだ。
●この作品を初めて見た時、俺がド肝を抜かれたのは、主人公が修行中に「白羊尼(はくように)」という人物がホンの一瞬だけ登場するのだが、日ごろ極悪非道の銀魔王が、このオバサマにだけは、頭を下げて、挨拶をするのである!
そして、オバサマは二度と出て来ない…。
言ってみれば、『マンハッタン・ラブストーリー』の「そして、突然現れたチャールズ」みたいなモンである。
思えば、この時感じた疑問の向こうに金庸という存在があったのである。
●この、銀魔王がよ~、戦いの前に、必ずザッザッって、足で地面に魔方陣みて~なもんを書くんだが…そして、「この中に入ったヤツは死ぬ!!」と予告するのが、カッコいいんだよな~!!
●ちなみに、演出はユエン・ウーピンだ。
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by inugami_kyousuke | 2005-07-22 22:14 | 天国行き(90点以上)

Mr.インクレディブル

【98点】

●文句なし!
もしも文句のあるヤツは、箇条書きにして800字以内で理由を述べよ!!
…ただただ、「素晴らしい」の一言に尽きる。
『スパイダーマン』を6作作るより、この作品の続編を10本作って欲しい。
この出来で、「77回アカデミー賞長編アニメ賞」なんかじゃ足らね~よ!
『ミリオンダラー・ベイビー』は、即刻「作品賞」を返還せよ!
つーか、去年のアカデミー賞は全部門、この作品にやれよ!!
●はっきり言って、俺は、アニメならともかく、CGアニメは苦手である。
それでも、一応、話題作は見るよーには心がけてはいるのだが…。時に苦痛でさえある。
何がダメかというと、あの独特の「質感」と「グリグリ感」に酔ったようになってしまうのである。
それは、ずーっとゲームをやっていて、パッと現実に戻った時に感じる「酩酊感」にも似ている。
おそらく、普段使わない部分の脳が、ニセモノの情報を差し替えながら見ているから、疲れてしまうのだろう。
この作品では、一切、その種の違和感を覚える事はなかった。
そして、最も重要なのは、皮肉にも、世にあふれるあまたの実写アメコミ作品をこのフルCGアニメが凌駕してしまっている、という事実である。
そしておそらく、今後とも、この作品を越える実写アメコミものは未来永劫、現れる事はないだろう。
マーベル社が本格参入し、このジャンルの製作本数は今後も増加の一途を辿るとしても、である。
それほどまでに、この作品の完成度は高い。
事実、この作品のヒットを受けて、公開前だった『ファンタスティック・フォー』は、大幅な撮り直しを与儀なくされたという。
作品はほぼ完成していたにも関わらず、である。
しかも、その内容は、両作品のカブった部分をカットするのではなく、逆にカブるシーンを増やす為だった。
●ただ1つ…残念なのは、この作品はディズニーが配給した、という点だけである。
ディズニーが配給しているフルCGアニメは、ディズニーが作っている、もしくは、ディズニーとピクサーが共同製作している、と勘違いしている人がいるみたいだが、それは違う。
具体的に言うと、『モンスターズ・インク』、『トイ・ストーリー』、『ファインディング・ニモ』といった作品群は、全てピクサーが単独で製作したもので、ディズニーは一切、製作に関与していない。配給しただけである。
先年、ピクサーがディズニーとの契約の更新時に、あまりにもヒドい契約内容の変更を要求し、ディズニーがそれを蹴ったため、次回作『Cars』を最後に、両社の契約は終了する事となった。
この際、公表された両社の契約とは…「ディズニーは、ピクサーの承諾なしで、ピクサー作品の続編を製作する権利を持つ」というとんでもねー内容だった。
そして実際、ディズニーは『トイ・ストーリー3』の製作を発表した。ピクサー抜きで。
コレは、「奴隷契約」以外の何者でもない。
●話が長くなって、申し訳ねーが…
ディズニーには、宮崎駿の『千と千尋の神隠し』の配給問題の時もガッカリさせられたが、今回の騒動で、完全に愛想が尽きた。
以前は、ディズニー作品は、毎回必ず見ていたものだが…最近は、見る気もしねぇ~。
わけのわからねーパート2ばっか作りやがって!
自分で作れよ、オリジナルを~!!
つくれねーんだったら、そんな会社、やめちまえ!!
俺はピクサー抜きの続編なんて、ぜってぇ~、見ねぇから!!
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by inugami_kyousuke | 2005-07-11 23:47 | 天国行き(90点以上)